東京地方裁判所 平成7年(ワ)9105号 判決 1999年11月26日
原告
ファルマシア・アップジョン・アクチエボラグ
右代表者
A
右訴訟代理人弁護士
品川澄雄
同
吉利靖雄
右補佐人弁理士
B
被告
藤川株式会社
右代表者代表取締役
C
被告
清水製薬株式会社
右代表者代表取締役
D
右両名訴訟代理人弁護士
久保田穰
同
増井和夫
右両名訴訟復代理人弁護士
橋口尚幸
被告清水製薬株式会社訴訟代理人弁護士
竹内澄夫
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告らは、原告に対し、各自金一〇億四二二〇万円及びこれに対する平成一一年二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 争いのない事実
1 原告は、医薬品の研究開発及び製造販売を業とし世界各国において医薬品を販売しているスウェーデン国法人であり、被告藤川株式会社(以下「被告藤川」という。)は、医薬品等の販売及びその輸入を業とする会社、被告清水製薬株式会社(以下「被告清水製薬」という。)は、医薬品等の製造、販売を業とする会社である。
2 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、特許請求の範囲第八項記載の発明を「本件発明」という。)を有していたが、右特許権の存続期間は平成一〇年八月九日をもって満了した。
登録番号 第一四二四七八〇号
発明の名称 ヘパリン様活性をもつオリゴーヘテロポリサツカライド類、それらの製造法及びそれらに基ずく製剤
出願日 昭和五三年八月九日
優先権主張 一九七七年八月九日イタリア国特許出願に基づく優先権主張
出願公告日 昭和六二年七月二四日
登録日 昭和六三年二月一五日
特許請求の範囲第八項 別紙特許請求の範囲のとおり。
3 本件発明の構成要件は、別紙構成要件のとおり分説される。
4 被告藤川は、イタリア国のオポクリン社から別紙物件目録記載の物質である「パルナパリンナトリウム『藤川』」(以下、「本件パルナパリンナトリウム」という。)を輸入して、被告清水製薬に販売し、同被告は、これを有効成分とする血液凝固阻止剤(商品名「ローへパ注五〇〇」。以下「被告製品」という。)を製造し、平成八年一一月二一日から販売している。
5 本件パルナパリンナトリウムは、次の物理化学的性質を有し、本件発明の構成要件2(8)、(9)及び(11)を充足する。
(一) 象げ色の非晶質のやや吸湿性の粉末である。
(二) 水溶液が透明である。
(三) 右構成要件2(11)記載のメタクロム確認反応によって、赤みがかった青みを呈する。
二 本件は、本件特許権を有していた原告が、被告らに対し、被告清水製薬による右特許権の存続期間中の被告製品の製造及び販売は右特許権の侵害であり、また、本件パルナパリンナトリウムを輸入し被告清水製薬に販売した被告藤川は、右侵害の共同不法行為者であると主張して、右侵害による損害の賠償を求める事案である。
第三 争点及びこれに関する当事者の主張
一 争点
1 本件パルナパリンナトリウムの物理化学的性質及び構成要件の充足性
2 損害の発生及び額
二 争点に関する当事者の主張
1 争点1について
(原告の主張)
(一) 構成要件2(1)について
ソモギー法を用い商用へパリンと比較して決定した本件パルナパリンナトリウムの平均分子量は三一〇〇ドルトンであるが、これは、構成要件2(1)の範囲内である。
(二) 構成要件2(2)について
本件パルナパリンナトリウムの加水分解後のヘキソスアミン(pージメチルアミノベンズアルデヒドとの反応)の量は二七パーセントであるが、これは、構成要件2(2)の範囲内である。
(三) 構成要件2(3)について
本件パルナパリンナトリウムの加水分解後のウロン酸(カルバゾールとの反応)の量は三三パーセントであるが、これは、構成要件2(3)の範囲内である。
(四) 構成要件2(4)について
本件パルナパリンナトリウムの加水分解後の有機SO4- - (ナフタルソンを用いる滴定)の量は三〇パーセントであるが、これは、構成要件2(4)の範囲内である。
(五) 構成要件2(5)について
本件パルナパリンナトリウムのウロン酸/ヘキソスアミン/- SO4- - のモル比は〇・一七/〇・一五/〇・三一であり、すなわち、一/一/二であるが、これは、構成要件2(5)を充足する。
(六) 構成要件2(6)について
本件パルナパリンナトリウムの水溶液の比旋光度は、別紙比旋光度のとおりであるが、これは、構成要件2(6)の範囲内である。
(七) 構成要件2(7)について
本件パルナパリンナトリウムの、酢酸セルロースについての電気泳動を、ピリジン/酢酸/水=1/10/229を用いて行い、トルイジンブルーで着色し測定したところ、陽極移動度U=2.1×10-4cm2v-1sec-1の単一帯を得た。
したがって、本件パルナパリンナトリウムは構成要件2(7)を充足する。
(八) 構成要件2(10)について
本件パルナパリンナトリウムの五パーセント水溶液のpH値は、七・二であるが、これは構成要件2(10)の範囲内である。
(九) 構成要件3について
本件パルナパリンナトリウムの硫酸基は、ヘパリンに特有の量及び位置で結合しており、構成要件3を充足する。
(被告らの主張)
原告の右主張はいずれも否認する。
2 争点2について
(原告の主張)
(一)(1) 被告清水製薬の平成八年一一月二一日から平成一〇年八月九日までの間の被告製品の販売金額は、平成八年一一月二一日から同年一二月三一日までは二七〇〇万円、平成九年一月一日から同年一二月三一日までは八億七三〇〇万円、平成一〇年一月一日から同年八月九日までは八億一六〇〇万円の合計一七億一六〇〇万円で、その粗利益率は右販売金額の四五パーセントを下らない。
(2) 被告藤川が本件パルナパリンナトリウムを輸入した日から被告清水製薬が被告製品を製剤するまでに経過する期間は四か月を上回り、被告清水製薬が製剤した被告製品が販売されるまでの期間は二か月を上回る。
そうすると、被告清水製薬が平成一〇年八月九日から六か月間に販売した被告製品は、被告藤川が、本件特許権存続期間中に輸入した本件パルナパリンナトリウムによって製造されたものである。
平成一〇年八月九日から六か月間における被告製品の販売金額は、六億円を下らず、また、その粗利益率は右販売金額の四五パーセントを下らない。
(3) 被告清水製薬が平成八年一一月二一日から平成一〇年八月九日までの間及び平成一〇年八月九日から六か月間に被告製品を販売したことにより原告が受けた損害は、右被告が右販売行為により受けた利益の額と推定されるところ、その金額は、一〇億四二二〇万円となる。
(二) 被告藤川は、本件パルナパリンナトリウムを輸入することで、被告清水製薬の右行為に加功したものであるから、共同不法行為者として、被告清水製薬と連帯して損害賠償責任を負う。
(被告らの主張)
原告の右主張は争う。
第四 当裁判所の判断
一 争点1について
1 本件パルナパリンナトリウムが、構成要件2(10)を充足するかどうかについて、まず判断する。
(一) 証拠(甲三三)によると、原告が本件パルナパリンナトリウムの五パーセント水溶液のpH値を測定したこと(以下「原告測定」という。)、右測定によると、右水溶液のpH値は七・二であったことが認められる。
証拠(甲三三)によると、右測定は、被告製品には本件パルナパリンナトリウムのほかに塩化ナトリウムが含まれていることから、被告製品から塩化ナトリウムを除去(脱塩)し、その後、本件パルナパリンナトリウムの五パーセント水溶液を調製して行われたものであると認められる。
(二) 証拠(乙二一)によると、被告清水製薬の依頼により、千葉大学園芸学部の教授らが本件パルナパリンナトリウムの五パーセント水溶液のpH値を測定したこと、右測定は、被告製品に調剤する前の本件パルナパリンナトリウム三ロットを用い、pH値がそれぞれ、六・四九、六・五八、六・二五であったことが認められる。
(三) 証拠(乙三三)によると、被告清水製薬が、原告測定と同様に、被告製品を脱塩し、本件パルナパリンナトリウムの五パーセント水溶液を調製してpH値を測定したこと(以下「被告測定」という。)、右測定によると、右水溶液のpH値は五・五〇であったことが認められる。
(四) 証拠(鑑定嘱託の結果)によると、鑑定嘱託機関である株式会社東レリサーチセンターは、原告測定と同様に、被告製品を脱塩し、本件パルナパリンナトリウムの五パーセント水溶液を調製して、pH値を測定し、また、被告製品の開封直後のpH値を測定したこと、右五パーセント水溶液のpH値は、被告製品の三バッチにつき、平均値でそれぞれ四・九〇、四・九三、四・九九であったこと、被告製品の開封直後のpH値は、被告製品の三バッチにつき、平均値でそれぞれ五・八〇、五・七五、五・二七と測定されたことがそれぞれ認められる。
(1) 原告は、右鑑定は、パルナパリンナトリウム水溶液ではなく、パルナパリン水溶液のpH値を測定したものであると主張し、E作成の意見書(甲五七)には、右鑑定の測定に使用された被告製品は、出荷後の日数が長く経過していたか、あるいは室温に数日間置かれていたために、ナトリウムの脱離が部分的に起こって、酸性のpH値となったとの意見が記載されている。
しかしながら、右鑑定に使用された被告製品が右意見書に記載されたようなものであったことを認めるに足りる証拠はなく、また、他に、右鑑定は、パルナパリンナトリウム水溶液ではなく、パルナパリン水溶液のpH値を測定したものであることを認めるに足りる証拠はない。
(2) 原告は、パルナパリンナトリウムのような低分子へパリンの中性溶液は、緩衝能が著しく低いから、pH値は酸や空気の存在により容易に影響を受けるところ、右鑑定は、空気等の影響により酸性に変化したpH値を測定したものであると主張し、原告の社員であるFが作成した書面(甲五八)にも、同様の記載や、低分子へパリンであるフラグミン及びへパリンを使用して、これらの物質の水溶液のpH値が酸や空気の影響で変化したことを示す実験結果がある。
しかしながら、証拠(鑑定嘱託の結果)によると、被告製品は、開封直後においても、平均で五・六一と酸性のpH値を示していたことが認められるから、開封後に、空気等の影響を受けて、酸性になったとは認められず、その他、右鑑定の測定に使用された本件パルナパリンナトリウムが、酸や空気の影響で酸性に変化したことを認めるに足りる証拠はない。
(3) そして、他に、右鑑定のpH値についての測定結果の信用性を疑わせる事実を認めるに足りる証拠はない。
(五) 証拠(甲五六)によると、原告は、右鑑定の後、右鑑定の追試を行ったこと、右追試において、被告製品を脱塩した後の本件パルナパリンナトリウムの五パーセント水溶液のpH値は、六・七四であったことが認められる。
(六) 証拠(甲二九の一)によると、被告製品の能書には、製剤の性状として、「pH五・〇~七・〇」と酸性のpH値が記載されていることが認められる。証拠(鑑定嘱託の結果、甲二九の一、甲五七)と弁論の全趣旨によると、被告製品のパルナパリンナトリウム濃度は一パーセント程度であると認められるから、これを五パーセントの水溶液にすると、酸性度が上がり、pH値の理論値は右能書の記載よりも小さくなるものと推認することができる。証拠(乙三三)によると、被告測定において、被告製品のpH値は五・九七であるのに対し、被告製品を脱塩して調整した本件パルナパリンナトリウムの五パーセント水溶液のpH値は五・五〇であることが認められ、証拠(鑑定嘱託の結果)によると、被告製品のpH値の平均が五・六一であるのに対し、本件パルナパリンナトリウムの五パーセント水溶液のpH値の平均は四・九四であることが認められるが、これらの事実は、右推認を裏付けているということができる。
(七) 以上の事実を総合すると、右(一)記載の原告測定の結果は、右(二)ないし(五)記載の原被告及び鑑定嘱託機関等の各測定結果と異なる上、右(六)認定の事実によると、被告製品の能書に記載された製剤の性状から合理的に推認される数値とも異なっているということができるから、信用することができない。右(二)ないし(五)記載の原被告及び鑑定嘱託機関等の各測定結果からすると、本件パルナパリンナトリウムの五パーセント水溶液のpH値は、七未満であると認められる。したがって、本件パルナパリンナトリウムの五パーセント水溶液のpH値が構成要件2(10)の範囲内であるとは認められない。
(八) なお、証拠(甲三)によると、原告が、オポクリン社で製造した「パルナパリンナトリウム」をアルファ・ワッサーマン社で製剤した製品である「フルクサム(FLUXUM)」中の「パルナパリンナトリウム」の五パーセント水溶液のpH値を測定したこと、右測定によると右水溶液のpH値は七・一~七・四であったことが認められる。しかしながら、弁論の全趣旨によると、被告藤川は、日本で承認された本件パルナパリンナトリウムの規格を指定して、オポクリン社から本件パルナパリンナトリウムを輸入していたことが認められるが、右「フルクサム(FLUXUM)」中のパルナパリンナトリウムが、被告製品の本件パルナパリンナトリウムと同一の規格であることを認めるに足りる証拠はないから、右測定結果をもって、本件パルナパリンナトリウムの五パーセント水溶液のpH値が七・一~七・四であると認めることはできない。また、証拠(乙二、三)によると、「日本薬局方解説書」に、へパリンナトリウム一・〇グラムに水一〇〇ミリリットルを加えて溶かした液のpHは六・〇~八・〇であるとの記載があることが認められるが、右記載は、右の濃度のヘパリンナトリウムのpH値について述べたものにすぎず、本件パルナパリンナトリウムの五パーセント水溶液のpH値について記載したものではないから、右記載から、直ちに本件パルナパリンナトリウムの五パーセント水溶液のpH値が右記載の範囲内であると認めることはできない。
2 したがって、その余の点につき判断するまでもなく、被告製品が本件発明の技術的範囲に属するとは認められない。
二 よって、原告の本訴請求は、いずれも理由がないから、これらを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 森義之 裁判官 榎戸道也 裁判官 岡口基一)
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